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松山藩士が伝えた江戸の「首都直下地震」 国宝の絵巻とも合致
出典: 毎日新聞 (原典を開く)
ニュース概要(出典記事の要点)
推定マグニチュード7級、最大震度6以上。1855(安政2)年の江戸を襲った直下型の「安政江戸地震」。江戸詰めの松山藩士は「前代未聞之大地震」と驚き、速報を書状に残した。郷土史研究会「伊予史談会」(愛媛県松山市)会員で、同市立南中学校教諭の森永光彦さん(27)が未整理の古文書を新た…
※ 上記は出典記事の要約です。本サイト独自の分析・背景解説は下記をご覧ください。
解説
「首都直下地震」、まさかこんな昔から?と驚く方もいるかもしれませんね。1855年、今から170年近く前の江戸(現在の東京)を襲った「安政江戸地震」のお話です。この地震、推定マグニチュード7クラス、最大震度6以上という、まさに大災害だったとされています。当時の江戸は、今でいう東京のような、日本全国から人が集まる大都会。それが、突然、地面が激しく揺れたのですから、人々の驚きは相当なものだったでしょう。
そんな大地震の様子を、遠く離れた愛媛県にあった松山藩の藩士が、書状に残していたことが新たに分かりました。松山藩というのは、今の愛媛県松山市あたりにあった藩のこと。江戸には、各藩から「江戸詰(えどづめ)」といって、藩の用事をしたり、幕府の様子を見張ったりするために派遣される役人がいました。その中のひとりが、この地震の速報を書き送ったようです。
書状には「前代未聞之大地震」(ぜんだいみもん の だいじしん)と書かれており、「これまでに経験したことのない、とてつもない大地震だ」という衝撃の大きさが伝わってきます。しかも、この藩士が残した記録は、国宝にもなっている当時の絵巻物と、揺れの様子や被害の状況がよく合致しているというのです。つまり、当時の絵巻物も、この地震の恐ろしさを描いていた可能性が高いということですね。
この発見をしたのは、郷土史研究会「伊予史談会」の会員で、中学校の先生でもある森永光彦さん。まだ整理されていなかった古文書の中から、この貴重な書状を見つけ出したのです。普段、私たちは地震の記録というと、最近のものや、専門家がまとめたものを見る機会が多いかもしれません。でも、このように、当時の人々が肌で感じた「生の声」とも言える記録が、長い年月を経て見つかるというのは、歴史のロマンを感じさせます。
「安政江戸地震」は、首都直下地震の恐ろしさを、現代に伝えてくれる貴重な教訓と言えるでしょう。昔の人の記録から、私たちは自然災害の恐ろしさや、それにどう向き合ってきたかを知ることができます。森永さんのような研究者の方々が、これからもこうした歴史の断片を拾い集めてくれることで、私たちの防災意識もさらに高まっていくのではないでしょうか。
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参考引用
“前代未聞之大地震
― 毎日新聞
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